2009年06月15日

文語(ぶんご)とは文章、特に文学で使われる

文語(ぶんご)とは文章、特に文学で使われる言葉遣いである。文章語。典礼語を含むこともある。書き言葉とも言うが、これは書記言語のことを指すことも多い。言語によって口語等の他の言葉遣いとあまり変わらなかったり、違う言語とされるほど異なったりする。差異の大きい状態はダイグロシアと呼ばれる。

古い例では古代ローマの古典ラテン語がある。古典ラテン語はヨーロッパで長く文語として使われた。また、日本では文語体が長く文語として使われていた。

日本においては、明治まで文学を含む書記言語はほぼ文語体と呼ばれる文体が使われていた。文語体は中古日本語(平安時代の貴族語)から発達しており、それ以降は長くダイグロシアの状態にあった。その後明治に入って言文一致運動が起き、一部の文学者が口語に沿った口語文と呼ばれる文体を使い出し、戦後まで文語体と口語文という大きく分けると二つの文章語が並存した。戦後に入って日本語の書記言語を東京方言をもとにした標準語に統一する政策が行われ、現在では、新しく書かれる文学作品は定型詩等を除きほぼ標準語に近い言葉遣いで統一されている。
更年期障害
映画音楽
アルツハイマー病
オリエンテーリング
関節炎
人間工学
甲状腺疾患
環境工学
タップダンス
機械工学
原始時代
いざ・鎌倉時代
世界の建築
季節のこよみ
月の物語
湯・山梨
外国の物語
果実で美!
オレンジ活用
掃除秘伝

現代日本語の文章語には以下の特徴がある。

主に普通体か丁寧体が使われる。
逆に文学的な効果を狙ってわざと口語的表現を使うこともある。
規範文法に従う表現が多く使われ、ら抜き言葉等の表現を避ける傾向がある。
漢語など口語ではあまり用いられない語彙も多く使われる。

他の言語 [編集]

ラテン語 [編集]
古典ラテン語はヨーロッパで長く文語として使われ、現代においても「ラテン語」として学ばれている。(当時の話し言葉は俗ラテン語と呼ばれる)。

アラビア語 [編集]
アラビア語の文語はフスハーと呼ばれる。地域ごとに大きく異なる口語アラビア語に対し、クルアーンのフスハーは共通で文章語として使われている。なおフスハー自体は中東全域の共通語として話される近代共通アラビア語も含む。

2009年05月30日

大奥(おおおく)とは江戸城に存在した

将軍家の子女や正室、奥女中(御殿女中)たちの居所。
初代将軍・徳川家康の時代から、江戸城に「大奥」と呼ばれる区画は存在していた。しかし当時は、政治を行う場である「表」と、城主とその家族の私的な生活の場である「奥」の境界が存在していなかった。この境界が江戸城に現れたのは、元和4年(1618年)年、2代将軍・徳川秀忠の時代、「大奥法度」を制定した時である。以後、本丸は幕府政庁の「表」、将軍が政務を執る「中奥(奥)」、将軍の私邸「大奥」に区分された。3代将軍徳川家光乳母・春日局によって組織的な整備がなされていき、こうして現在知られる形の大奥に整えられていった。

慶応4年(1868年)4月、江戸城の明け渡しが決定された時に、大奥は終焉を迎える。開城に伴い、同年4月9日(旧暦)、14代将軍徳川家茂正室・静観院宮と同生母・実成院は清水邸へ、翌10日には、13代将軍徳川家定正室・天璋院と同生母本寿院が一橋邸へ引き移った。4月11日、海江田信義、木梨精一郎、水野彦三郎、渡辺清の4人が新政府代表として大手門より入城し、江戸城の引渡しを終了させた。

江戸城内曲輪は、本城(本丸、二の丸、三の丸)、西丸、紅葉山、吹上御庭、西丸下で構成されていた。この内、大奥が置かれたのは本丸、二丸、西丸の3つの郭である。本丸は将軍夫妻、二丸は将軍生母やかつての将軍仕えていた側室、西丸は世嗣夫妻や大御所夫妻が住まいとしていた。但し本丸の非常時には、二丸や西丸が代わりとして機能した。[2]

本丸御殿は、先述したように表、中奥、大奥に区分されている。この内、表と中奥は一続きの御殿であった。しかし大奥は表・中奥御殿とは切り離されており、銅塀で仕切られていた。中奥と大奥を繋ぐ唯一の廊下が、御鈴廊下である。将軍が大奥へ出入りする際に鈴のついた紐を引いて鈴を鳴らして合図を送り、出入り口である「御錠口」の開錠をさせていた事からこの名が付いた。後に火事等の緊急事態を想定して作られたのが「下御鈴廊下」であるとされている。
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大奥は大別して広敷向・長局向・御殿向に区画される。

広敷向
広敷は大奥の玄関口である。広敷には男性の広敷役人(広敷用人)がいたため、御殿との間の錠口、長局との間の七ツ口によって仕切られていた。七ツ口は、女中たちの部屋方や商人たちが用いていたが、七ツ時(午後4時)に閉められたためにこの名が付いた。
御殿向
将軍の寝所である御小座敷、御台所居所、「千鳥之間」、「呉服之間」といった大奥女中詰所などがあった。御台所の居所は、時代によって「松御殿」、「新御殿」などと呼ばれていた。歴代将軍の位牌がある「御仏間」や「御対面所」も、御殿にあった。
長局向
奥女中たちの2階建ての居所である。一之側から四之側までの4棟に加え、東長局、御半下部屋があり、格式に応じて一之側が上臈御年寄や御年寄、二之側、三之側がその他のお目見え以上の女中、四之側がお目見え以下の女中たちに配分された。

2009年04月26日

禁闕の変

禁闕の変(きんけつのへん)は、室町時代の1443年(嘉吉3年)9月に京都で起こった後花園天皇内裏の襲撃事件である。吉野朝廷(南朝)の復興を唱える後南朝とされる勢力が御所に乱入し、三種の神器の一部を奪い比叡山へ逃れた。

「禁闕」とは、皇居(京都御所)の内裏の意味。「嘉吉の変」とも呼ばれるが、嘉吉元年(1441年)に起こった6代将軍足利義教の謀殺事件(嘉吉の乱)と混同されることから、「禁闕の変」の名称が用いられる。

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南北朝時代の1336年に、後醍醐天皇により開かれた南朝は、3代将軍足利義満時代の1392年に明徳の和談が行われて名目上は解消された。

だが、南朝の後胤を擁する後南朝勢力は室町時代を通じて出現し、反幕府勢力とも関係して活動する。その一方で、かつての北朝側では後小松天皇の直系が断絶して、伏見宮家から後花園天皇が迎えられるという事態が起こっていた。さらに室町幕府では嘉吉の乱による混乱もあり、43年7月に将軍足利義勝が死去、足利義政が8代将軍となるが、就任までは間があり、事件はその最中に起こっている。

後花園天皇の実父である後崇光院が著した『看聞日記』をはじめとする同時代の日記類によれば、事件は9月24日に起こり、首謀者は南朝の後亀山天皇あるいはその弟の子孫とされる金蔵主、通蔵主の兄弟、鎌倉時代の後鳥羽上皇の後胤を称する源尊秀、日野氏傍流の日野有光、日野資光ら。

一味は内裏を襲撃して火をかけ、後花園天皇は左大臣の近衛忠嗣の邸に避難。幕兵との戦闘も行われている。一味は三種の神器の剣と神爾を奪い、後醍醐天皇の先例を模して比叡山に逃れ、根本中堂に立て篭もる。朝廷から追討令が出ると、数日のうちに幕府軍や協力を拒んだ山徒により鎮圧され、一味のうち金蔵主や日野有光らは討たれ、一部は逮捕されて処刑・流罪、また行方不明となったものもいた。

奪われた神器のうち、剣は清水寺で発見されるが、神爾は持ち去られたままであり、15年後の1457年(長禄元年)には、嘉吉の乱で没落した赤松氏の遺臣が長禄の変での奮闘により神爾を奪い返し、翌年には神爾は北朝の手に戻っている。

事件は幕府内に憶測を招き、山名氏や細川氏の関与が疑われた記録も残っている。

2009年04月10日

エルヴィス・プレスリー

エルヴィス・アーロン・プレスリー (Elvis Aaron Presley, 1935年1月8日 - 1977年8月16日)は、アメリカのロックンロールミュージシャン。ミドルネームは墓石にはAaronとつづられているが、サイン、公文書共にAronである。キング・オブ・ロックンロールまたはキングと称され、ギネス・ワールド・レコーズでは「最も成功したソロ・アーティスト」として認定されている。1977年8月16日、心臓発作により急逝。42歳だった。

黒人のリズム&ブルースと白人のカントリー&ウェスタンを融合することによって、今までにない新しい音〈ロック〉を誕生させ、広めた人物として知られる。初期はアメリカ、そして世界中の若者にロックンロールによって人気を博し、後期になるとラスベガスの舞台でカントリーやゴスペル、バラードなどを歌い、万人に愛される人物となった。

エルヴィスは最初、「The Hillbilly Cat(田舎者の猫)」という名前で歌手活動を始め、その後すぐに歌いながらヒップを揺らすその歌唱スタイルから「Elvis the Pelvis(骨盤のエルヴィス)」の愛称で呼ばれるが、アメリカのバラエティー番組『エド・サリヴァン・ショー』の3度目の出演の際には、保守的な視聴者の抗議を配慮した番組関係者が意図的にエルヴィスの上半身だけを放送したというエピソードが伝えられている。その際にサリヴァンが「このエルヴィス・プレスリーはすばらしい青年です」と紹介したことからサリヴァンにも罵声が飛んだ。しかしこのおかげでエルヴィスへの批判は少なくなった。また、フロリダの演奏では下半身を動かすなとPTAやYMCAに言われ、小指を動かして歌った。この時には警官がショーを撮影し、下半身を動かすと逮捕されることになっていた。

KWKラジオではエルヴィスのレコード(「ハウンドドッグ」)を叩き割り、「ロックンロールとは絶縁だ」と放送。ロックンロールが青少年の非行の原因だと中傷され、PTAはテレビ放送の禁止を要求など、様々な中傷の標的になった。

エルヴィスの記録は多数あり、例えば、最も成功した音楽アーティスト、最多ヒットシングル記録(151回)、1日で最もレコードを売り上げたアーティスト(死の翌日)、等がギネスによって認定されている。CD・レコードの総売上げの公式発表は「売り上げデータは無し」である。推定数字として、1977年に「6億枚以上」、1985年までには「10億枚」とされている。

生い立ち [編集]
エルヴィスはミシシッピ州テュペロの小さな家で、ヴァーノン・エルヴィス・プレスリーおよびグラディス・ラヴ・スミス・プレスリー夫妻の間に1935年1月8日に生まれた。彼はトゥーペロで幼年期を過ごし、13の時に一家はテネシー州メンフィスに転居した。彼には双子の兄弟ジェシー・ガーロン・プレスリーがいたが、誕生時に死亡している。一家は1949年にロウダーデール・コート公営住宅に転居する。エルヴィスは11歳からギターを始め、ロウダーデール・コートの地下洗濯部屋で練習をした。彼はそこに住むミュージシャン達と演奏を行った。エルヴィスは高校卒業後に精密金型会社で働き、次にクラウン・エレクトリック社のトラック運転手となる。

スコットランド人作家アラン・モリソンはエルヴィスがスコットランド系であったと主張する。彼はその著書でエルヴィスの先祖が1700年代にアバディーンシャーのロンメイで暮らしていたことを発見したとする。また、記録によるとアンドリュー・プレスリーが1713年にロンメイでエルスペス・レッグと結婚したとしている。彼らの息子アンドリューが1745年にイギリスの植民地に移住したとのことである。また、ケビン・コスナーは自著本で、プレスリーがアイルランド人の血を引いていると主張している。同時に、プレスリーはドイツユダヤ人[1]の血を引いており、さらに4代前の祖母は、純血のチェロキー族インディアンである。

1950年代のアメリカでは音楽も人種隔離的な扱いを受けている部分が多く残っており、当時のロックンロールのヒットソングも黒人の曲を白人がカバーし、そのカバー版が白人向けの商品として宣伝され、チャートに掲載され、またラジオなどで流れる傾向にあった。例え同じ歌を同じ編曲で歌ったとしても、黒人が歌えばリズム・アンド・ブルースに、白人が歌えばカントリー・アンド・ウェスタンに分類されることが常識だった。エルヴィスは、このような状況にあって黒人のように歌うことができる白人歌手として発掘された。

サン・レコード [編集]
1953年の夏にエルヴィスはメンフィスのサン・スタジオで最初の両面デモ・アセテート盤を録音するため4ドルを支払った。収録曲は当時のポピュラーなバラード“My Happiness”と“That's When Your Heartaches Begin,”であった。サン・レコードの創業者サム・フィリップスとアシスタントのマリオン・ケイスカーはその録音を聞きエルヴィスの才能を感じ、1954年6月に行方不明の歌手の代理としてエルヴィスを呼んだ。セッションは実り多いものであったかは分からなかったが、サムは地元のミュージシャン、スコッティ・ムーア、ビル・ブラックと共にエルヴィスを売り出すこととした。

1954年7月5日のリハーサル休憩中にエルヴィスは“That's All Right, Mama”をいじくり始め、サムはエルヴィスが適所を得たかもしれないと考えて録音ボタンを押した。即興での演奏でドラムスが不在であったため、ベースをかき鳴らしての演奏となった。B面に“Blue Moon of Kentucky”が収録されたシングルは、WHBQラジオが放送した二日後に、メンフィスでのローカル・ヒットとなった。また、公演旅行は彼の評判をテネシー中に広げることとなった。ラジオを聴いた人たちは黒人歌手だと勘違いしていた。

サンとの契約下でエルヴィスは5枚のシングルをリリースした。

That's All Right / Blue Moon Of Kentucky - Sun 209, 1954年7月19日
Good Rockin' Tonight / I Don't Care if the Sun Don't Shine - Sun 210, 1954年9月25日
Milkcow Blues Boogie / You're A Heartbreaker - Sun 215, 1954年12月28日
Baby Let's Play House / I'm Left, You're Right, She's Gone - Sun 217, 1955年4月10日
Mystery Train / I Forgot To Remember To Forget - Sun 223, 1955年8月6日
これらの多くはリズム・アンド・ブルースまたはカントリー・アンド・ウェスタンのヒット曲のエネルギッシュなカバーであった。レーベルには「エルヴィス・プレスリー、スコッティー・アンド・ビル」とクレジットされた。10曲の中で最短の曲は1.55"、最長のもので2.38"である。

1955年8月18日にエルヴィスの両親はプロデューサーのトム・パーカーとの契約書に署名し、サン・スタジオとの関係は終了した。

メソッド ディスポ ワシン ナギイ 十字星 ケルセ ロービ はつい バナナの涙 鹿鳴つまみ 延暦 スーパー ハリケーン ノンブル タイム メラネシア メラルド スタンバイ ダイク スパン バックナ きゃべつ マスアミ ジャテラ ローフ レクイエム がいがん トリプシ リップ ハーピー ドラス ハゲイ トッカ リグナビ ハット チューリ ランド フラック ツンドラ せろりあ サフ たぬきじる め組最 エスキナ パスモ かたしな レジューム プラン オーバ ソビエト


2009年03月26日

ベイギャルズ

神帝隊の理力により生まれたメイドン天使の生まれ変わり。ベリー・オズとともに「次界警備隊」の任務についている。「次界一の力持ち」集団。上司のヤマトウォーリアを慕っている。ヤマトウォーリアの戦闘時には変身して武器や防具になる。5人連なりのギャル5ビターという卵形のメカに一人ずつ乗っている。

ヤマトウォーリアの勘違いから「次界を乗っ取る為に聖ボックスを盗みだした」という容疑をかけられたマルコ一行を捕らえるために冒険に出発する。マルコ達の疑いが晴れてからは協力しあうようになったものの、「聖宝石(セント・ジュエル)」発見競争をすることもあった。

アニメオリジナルの設定であったが、後に第22弾にてヘッドシール化された。

ミネルンバ(中島千里)
天蓋瀑布に飲み込まれたピーター神子の理力から生まれた。ルーツはメイドン幻使(後述)。メインカラーは赤。ベイギャルズのリーダー格である。
星氷剣をもつ。お嬢様的で語尾に「?でございます」をつけて話す。周りへの気配りができる。
ボルカンヌ(上村典子)
天蓋瀑布に飲み込まれた天子男ジャックの理力から生まれた。ルーツはメイドン遊使(後述)。メインカラーはオレンジ。
ベイギャルズのリーダーで面倒見がいい。強気で男勝りの性格だが可愛らしい一面を見せる事も。後にコッキーと恋に落ちる。
先祖と同じように「聖コインつぶて」で相手を威嚇する。
ベスタニャ(杉本沙織)
天蓋瀑布に飲み込まれた牛若天子の理力から生まれた。ルーツはメイドン霊使(後述)。メインカラーは黄色。
聖笛を武器とする。甘えん坊の性格でおっとりしている。料理はすごくヘタクソ。音楽の国「トパズランド」の住人Pアンノに恋した。語尾は「でちゅピー」。
セレンス(丸尾知子)
天蓋瀑布に飲み込まれた魯神フッドの理力から生まれた。ルーツはメイドン豊使(後述)。メインカラーは緑。
ベリー・オズの幼なじみで、常に彼の身を案じる。オズの事になると冷静さを失う行動をとってしまう。「リンリンごう鐸」を武器に持つ。語尾は「だわさ」。
メルクリン(柳沢三千代)
天蓋瀑布に飲み込まれた一本釣帝の理力から生まれた。ルーツはメイドン界使(後述)。メインカラーは青。
武器は聖フック。いつも、最初に攻撃を仕掛ける。コッキー同様に聖フックを使ったアクションが多い。語尾は「じゃん」。

メイドン天使 [編集]
ベイギャルズの先祖。第27話のみ登場した。なお、メイドン界使以外はスカートが短い(メイドン幻使はスカートがスリットになっている)。

メイドン幻使(中島千里)
ピーター神子が悪魔との戦いで命を落とした後に生まれたメイドン天使。髪は水色。クリクリした目と長髪がトレードマーク。後のミネルンバ。
メイドン遊使(上村典子)
天子男ジャックが悪魔との戦いで命を落とした後に生まれたメイドン天使。髪は橙色。丸い目と天然パーマがトレードマーク。後のボルカンヌ。
メイドン霊使(杉本沙織)
牛若天子が悪魔との戦いで命を落とした後に生まれたメイドン天使。髪は青色。たれ目とひらひら布がトレードマーク。後のベスタニャ。
メイドン豊使(丸尾知子)
魯神フッドが悪魔との戦いで命を落とした後に生まれたメイドン天使。髪は緑色。つり目と三つ編み頭がトレードマーク。後のセレンス。
メイドン界使(柳沢三千代)
一本釣帝が悪魔との戦いで命を落とした後に生まれたメイドン天使。髪は茶色。大きい目と豪快な笑顔がトレードマーク。後のメルクリン。

キンキ ツバター 夜の足音 きこう シーメー ミーンズ シャーク ニュピ 新秋柿 チャー インス 線香花火 オーピ スチーマー トレッチ ふくいく リバティプ リトミック ターメ スピーカー ノーシャ パラフィン ルコウソウ パルサー ギニョー ホウセン フォー ウォー でらいと ケット おおわ ハック バンクス レンテン ナンバー ゆうな トロイ パルテ フェースオ ゼラチン シャク ステレオ アーム マウンド ミゼラブル マインド スイング じょうめ メタリック 浦島太郎

2009年03月10日

近年のティワナク研究において重要な研究

近年のティワナク研究において重要な研究を最後に挙げておく。この研究は、単なる古代史の生業研究にとどまらず、現代の開発の問題とも結びつくといった現代社会へ直接関わる重要な取り組みでもある。

応用考古学
ティワナクと現在の村とのつながりは、実は、遺跡の観光事業だけではない。忘れてならないのが、SukaKollu (スカ・コリュ)(水路用の堀で囲まれた盛り畑農耕)の復元実験と、その応用である。応用への試みは、ほとんどが失敗に終わったものの、それでもなお細々と続けられている。現代では失われてしまった古代の技術のうち、現代の開発問題へ応用できるものは積極的に応用してゆこうといったその方向性は、認めるものがある。専門的にはこれを応用考古学という。

1980年代後半、ティワナク時代の生業技術の中心として有望視されていた農耕技術の復元実験がボリビアで行われた。実は、これに先立ち、ペルー領のチチカカ湖北部沿岸などで、すでに同様の実験が行われており、そこで一定の成果を挙げていた。ボリビアでは、1980年代後半になって行われる。これらチチカカ湖の南北沿岸で行われた復元実験から、このsuka kolluは、一般の天水農耕よりも生産性が高いことが示唆された。

この実験で復元された畑は、畑を水路用の堀でかこみ、畝の部分を盛り上げたもので、アイマラ語でSukaKollu (スカ・コリュ) 、ケチュア語でwaru waru (ワル・ワル) 、スペイン語でcamellones (カメリョーネス) 、英語でraised field (レイズド・フィールド) と呼ばれる。そして、1970年代から80年代まで続く先住民文化称揚運動とあいまって、復元実験は、ティワナク周辺地域から、コパカバーナ(Copacabana)、ビアチャ(Viacha)といった広範囲で行われた。そして、この復元実験で得た高い生産性が着目され、この技術を現代へも応用することで、貧しい村々の農業生産を高めようとするプロジェクトが始まった。

短期的な視点に立てば、これらの実験はほぼ成功に終わった。つまり、一般に現地で行われている天水農耕に比べ、単位面積あたりの生産性がはるかに高かったのである。天水農耕に比べおよそ3倍以上、生産性が高い地域もあった。さらに、冷害に非常に強いことも確認されている。

この結果をもとに、SukaKolluの開発問題への応用が始まった。その後、外国のNGOなどの援助のもと、広範囲にわたって応用が行われていった。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

しかし、長期的視点に立てばこの実験は失敗に終わってしまう。1996年までに、ペルー領の実験もふくめて、全て放棄されてしまうのである。現在では、遺跡の周囲に実験の跡が残っているのみで、ティワナク村では、実際には利用されていない。原因は、年々生産性が減少して行ったため農民たちの関心が薄れていったこと、労働力が思ったよりも必要になりかつ協同労働でなければうまくSukaKolluの運営ができないこと、いくつかの地域では水が圧倒的に足りないこと、そして発展途上国の多くの地域で見られる労働力の過少利用つまり過少生産性の問題などがあげられる。

もともとラ・パスに2,3時間で行ける範囲(例えばビアチャ近郊の共同体)では、男たちは都市部での賃金労働に従事することが多く、農村には女子供が残って農作業を行うことが多い。しかし、初期の実験では、これら女子供に対して、力作業である伝統的な踏み鋤による耕作を導入したためうまくいかなかったという例もある。また、一番大きな原因は、SukaKolluに必要な労働投下量である。これが一般的な天水農耕に比べはるかに高く、そしてそれが地域全体による協同労働のもとで行う必要があった。しかし、現代の小規模家族経営に近い農民たちにとっては、これが負担になり、結果としてSukaKolluの維持が困難になっていった。

それでも、いったん放棄された応用実験も、小規模になったものの2000年ころから再び復活する。現在までのところ、Programa de SukaKollu(PROSUKO)という団体によって、2008年までの応用実験が行われている。特に、農民たちによる自立的経営、および生産物の市場経済への組み込みを主な目的として行われている。そのため、PROSUKOは、SukaKollu自体の運営へはほとんど関与せず、農民たちの自立的組織 Unión de Asociaciones Productivas del Altiplano ( UNAPA ) によって管理するように仕向けられている。現在、ティワナクの隣のアチュタ・グランデ(Achuta Grande)共同体や隣のカタリ(Catari)盆地にあるワクリャニ(Wakullani)共同体、プエルト・ペレス(Puerto Perez)、バタリャス(Batallas)地域の周辺共同体などで見ることができる。

アチュタ・グランデやワクリャニ共同体はティワナク期にもSukaKolluが利用されており(地下水位が高く河川沿い、あるいは湿地帯のため水の潤沢な供給が可能)、また、このほかの地域も比較的、水の供給が可能な地域であることも、これらの地域が復元実験に選定された理由である。

このほか、アチャカチ (Achacachi)の軍事施設(河川沿い)でも軍事教育の一環として行われている。

文化人類学者や考古学者たちからの新しい批判
長期的視点からみた実験の失敗から、2000年以降になると、SukaKolluの生産性について、文化人類学者や考古学者の間で、異論が出始めている。ティワナク期に利用されていたことは間違いないが、その生産性や人口支持能力、ティワナク社会における生業基盤としての重要性などについては、疑問視する声が出始めている。

過去の実験では、ナス科植物の塊茎類で多く引き起こされる連作障害に対する考古学者らの知識がまったく不足しており、同じ土壌でジャガイモの連作を続けたため、寄生虫(シストセンチュウ)(Nematoda)が沸くという事態を引き起こしている。そのため、年々、生産性が減少していった[32]。

アンデスでは、必ずといっていいほど、どこの地域でも輪作・休閑システムが採用されており、塊茎類(ジャガイモ)を続けて栽培することはない。必ず次年度は別の作物を植えつけるか休閑を行う。これは土壌の地力回復というよりも、むしろ寄生虫などによって引き起こされる連作障害を避けるためであることが確認されている。休閑することで寄生虫の大量発生を避けるのである。ちなみに、このナス科植物の塊茎類に多く見られる寄生虫問題は、昨今、日本でも問題を引き起こしている。

こういった側面から、実際にはこれまで言われてきたほどの生産力がSukaKolluには存在しなかったと考えられる[33]。特に、仮にある単位面積あたりの総生産量を算出したとしても、それが毎年、同じ土地で収穫できるわけではないため、実際には非常に土地集約的な技術となり、一定水準の生産高を維持してゆくためには、相当量の土地が必要とされてしまう。しかも、その土地は水を十分に確保できる土地であることが最低限の条件となる。しかし、実際にはティティカカ湖畔か水量が豊かな河川沿いか地下水位の高い土地といった制約を受けてしまうのである。

上記にあげたアラン・コラータは、最盛期のSukaKolluの生産量およびそれに基づく人口支持能力を、現在の地表調査から推定されるSukaKolluの広がりから求めている(Kolata 1991)。しかしながら、この同時期に利用されていたと推定したSukaKolluの広がり自体が、実際には輪作や休閑システムのため、彼の計算値の半分近くか、それ以下になってしまい、最終的には彼が計算した生産量および人口支持能力も同じように激減してしまう。そのため、SukaKolluが生産技術としてどこまで有効でありえたのか、は非常に問題となってくる[34]。

また、このSukaKolluの広がりも上で触れたように制約がある。

チチカカ湖沿岸の表面調査(ペルー領およびボリビア領)から、このSukaKolluが、チチカカ湖沿岸の湿地帯か、そこから延びる河川沿いの一部、水源地帯などにしか広がっていなかったことが確認されている。そのため、実際には、天水農耕がティワナク期においても現代と同じように中心的技術であったことが確認されている。さらに、ティワナク谷下流域では、テラス(段々畑)が比較的広がっており、またコチャと呼ばれるため池農耕なども規模は非常に限られるが存在していたことが確認されている。

本来、SukaKolluのような、堀をめぐらせた盛り畑農耕は、パプア・ニューギニアやメキシコなど世界的に見ても、湿地帯向けの耕作技術である。ボリビア国内においてさえ、似たような堀を持つ耕作方法は、アマゾン地域の湿地帯モホスなどで多く見られる。堀の役目は給水よりもむしろ排水と考えられる。

しかし、ティワナク谷は一部を除いてほとんどの地区で水が不足しがちである。短期の実験ではあまり問題にはならなかった水の問題も、長期あるいは永続的な利用となると水源が足りず、水不足を引き起こしている。

ティワナク谷は全体でおよそ560から575km?あるが、SukaKolluに利用されたと想定されている面積は、現在失われたものを想定して約60km?ほどとされている。同時に、ティティカカ湖沿岸の湿地帯であるカタリ盆地では、調査者が踏査した総面積102km?中、SukaKolluは70km?に広がっていたと想定されている。このことは、この技術が湿地帯向け技術であることを示している[36]。

また、ペルー領のティティカカ湖西岸(フリアカからプーノ、デサグワデーロ付近まで)の一般調査でも、現在確認できているSukaKolluの広がりは、調査地域全体の28.5%ほどしかない[37]。ただし、これは現在確認できる範囲のものに限られており、土地の改変を受け消滅してしまったSukaKolluがあったことも考慮すれば、もう少し広がっていた可能性はある。それでも、これまで言われるほどSukaKolluがティティカカ湖盆地全体に大きく広がっていたわけではないことがわかる。

また、上記でも述べたように、SukaKolluの運営における効率性の面からも問題があげられている。つまり、単位面積あたりの生産性は高いものの、労働力の投入が、一般に行われている天水農耕の4倍近く必要とされるため(労働集約的技術)、結果的に、一人当たりの見返り(労働者あたり)が、極端に低くなる(単純計算で、一般的天水農耕の約半分以下)というデータ[38]もある。

このような経緯から、この研究を指導してきた考古学者が主張するSukaKolluの効率性や、算定したSukaKolluによる人口支持力の計算値 (SukaKolluで何人の人口を養えるか) に対して、人類学者や考古学者の間で疑問視されはじめている[39]。

今後の課題
このように実験結果やその解釈に疑問の余地が多く残るものの、SukaKolluにおける単位面積あたりの最大生産量は、一般の耕作地のそれに比べ高い可能性がある。そのため、SukaKollu農耕における労働投下量さえ抑えることができれば、理論上は労働者一人当たりの生産性を高めることが可能となる。

現在ではこれらの問題点を克服するため、トラクターを導入したり、化学肥料を使ったり、繁殖力の強い種芋を購入したるするなどしている。

今後の大きな課題は、これら、労働投下量の縮減と単位面積あたりの生産性の向上にある。

また、生産性といった技術的側面だけではなく、それら技術が利用されている社会環境の整備といった根本的な問題がある[40]。特に、市場経済との結びつきを強め、現金収入を促進し、農民たちの過少生産性を引き上げることは、今後の最大の課題となろう[41]。そこには必然的に地域やSukaKollu経営家族たちによる協同労働形態か、あるいは機械化を伴った小規模家族経営(トラクターは各家族で持ち回り)が理想とされてくるであろう。

2009年02月22日

リオプレウロドン (Liopleurodon)

リオプレウロドン (Liopleurodon) は、ジュラ紀中期カロビアンからジュラ紀後期のヨーロッパに生息していた首長竜。当時の海域において、食物連鎖の頂点にいたとされる
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

リオプレウロドンという属名は、H.E.Sauvageによって、たった3つの70mm程の歯の化石から名づけられたものであり、「なだらかな側面の歯」意味する。1つは、フランスのブローニュ=シュル=メール付近にあるカロビアン時代の地層から発見され、L.feroxと名付けられた。他の2つの歯もフランスから見つかり、チャーリーからのものはL.grossouvrei、カーンからのものはL.Bucklandi(最初はPoikilopleuronと説明された)と命名された。Sauvageは当初、リオプレウロドンを特定のグループとは見なさなかった。
リオプレウロドンの化石の大部分はイングランドとフランスから発見される。ドイツやロシアからも、同属とみられる化石が発見された。
現在のところ、リオプレウロドンと認められているのは3種で、特にカロビアン時代のL.feroxはよく知られる。同じくカロビアン時代のより稀少なL.pachydeirusは、Seelyによってプリオサウルスとされた。ロシア産のL.rossicusも当初、Novozhilovによりプリオサウルスに属するとされていた。また、L.feroxだけはほぼ全身骨格が知られている。

生態
4つの櫂のようなひれ足によって、かなり力強く泳いでいたと考えられている。その推進方法は首長竜多くの中でもリオプレウロドン特有のものである。ロボットを使った実験では、特別大きな推進力の効果は得られなかったが、奇襲に有効な加速力はかなりのものであると実証された。また頭骨の研究では、鼻孔で正確な匂いの根源を調べていたかもしれないことが示唆された。

大きさの問題
リオプレウロドンの最大全長は議論の主題とされてきた。古生物学者L.B.Tarloは、リオプレウロドンを含むプリオサウルス科は、頭骨が全体長のおよそ7分の1であることから、頭骨により全長を見積もれると見出した。彼の説によればL.feroxの中で最大とされる1.5mの頭骨をもつ個体は、全長約11mと推測できる。しかし、この理論が確実かどうかは不確かである。
最近の研究ではTarloの理論には疑問符がつけられてきている。プリオサウルスの頭骨は、全長の約5分の1であると示されたからで、HenceはL.feroxの平均体長は7?10m程度だろうと指摘した。
1999年、イギリスのBBCのテレビ番組「ウォーキングwithダイナソー〜驚異の恐竜王国」では25m級の巨大なリオプレウロドンが描写されたが、これ程の大きさは不正確だとされている。

2009年02月06日

ブレイカーズ (テレビゲーム)

ブレイカーズ(BREAKER'S)とは、1996年11月にビスコがSNKのアーケード筐体『Multi Video System(MVS)』用に開発・発売した、対戦型格闘ゲームである。続編も出ており、家庭版もリリースされている。同社のゲーム『天麟の書死嘩護』のキャラクターが使用されている。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

内容的には、他の格闘ゲームに影響されている部分が多く見受けられる。また、ゲーム自体はあまり知名度がない。しかし、ゲームバランスは良く、連続技やキャンセル動作が容易に出来るので、初心者でも楽しめる。

ブレイカーズ
1996年12月17日に発売。操作性に関しては、SNKの格闘ゲーム『餓狼伝説』シリーズ(2、SP、3辺り)に似ている。特殊操作は、至ってどの格闘ゲームにも見られるようなものであるが、ダッシュやバックステップは、キャラクターによって若干動作が異なる(前転、後転になる等)。また、先駆けとも思われる「移動起き上がり」ができる(この動作中は完全無敵)。ゲームシステムに関しては、特にダメージ補正にかなり細かな設定がなされており、他の設定も含めると、ゲームバランスを重点に置かれているところが見受けられる。超必殺技も存在しており、別のゲージ(パワーゲージのようなもの)が一定量までたまると使用できる(3本まで溜められる)。また、このゲージは、挑発やダッシュ、バックステップ、移動起き上がり等の特殊動作中、さらには超必殺技ヒット中でも溜まる仕組みとなっている。通常技から必殺技、必殺技から超必殺技へとキャンセルでつなぐことが可能なのは当時の対戦格闘ゲームと同様であるが、本作ではゲージが無くなるまで超必殺技から超必殺技につなぐことも可能となっており、曲芸的なコンボを作ることが可能である。ただし、前述の通りダメージ補正がしっかりしているためそれで一気に大ダメージを与えることはできない。試合形式に関しては、1対1で2本先取で勝ちとなる。通常は3Rまでだが、最大で5Rまである。それまでの間に決着がつかなかった場合は、ゲームオーバーとなる。なお、ファイナルラウンド(5R目)で勝利した場合は、ボーナスポイントは貰えない。CPU対戦で同キャラ対戦になった場合、CPU側の名前が変わる。
家庭版では、ネオジオROMカセット版が1997年3月21日に、ネオジオCD版が1997年4月25日に発売されている。家庭版には、オプションモードにサウンドテストがあり、BGMや効果音、カバーボイスを楽しむことが出来る。ネオジオCD版のみ、VSモード、サバイバルモードが付いている。また、ボスも使用できる。
国内で稼動していたMVS版のカートリッジの大半は海外に流されているので、国内での現存数がブレイカーズ・リベンジより少ない。
ブレイカーズ・リベンジ
1998年7月3日に発売。前作の続編だが、マイナーアップバージョン的な色合いが強い。新キャラクターとして新たに”飛影才蔵”が追加され、前作では強すぎたコンドルヘッズの弱体化を含めたゲームバランスの調整がなされ、より遊びやすく改善されている。
しかしオープニングなどが前作とほぼ同じで、見栄えはあまり変わっていない。ボスが使用可能。前作より出荷数が少ない割にはよく見かける。
残念ながら家庭版は未発売に終わっている。

ストーリー
 ―――香港。広大な中庭に、2人の格闘家が対峙していた。 挑戦者は、褐色の肌を持つたくましい男だ。地面は鮮血に染まっている。 だが、彼の三日月刀は、ただの一度も相手をとらえる事ができていない。一方的な戦いであった。 やがて彼は、力尽き倒れる。 「愚か者よ、我が血肉となるがよい。」 重苦しい声が響いたのち、挑戦者の体は、まるで砂の様に崩れ去っていた・・・。

 武術大会「FIST(Fighting Instinct Tournament)」は、その名の通り過酷な大会である。死者が出ることも珍しくなかったが、格闘家として名を上げようとする参加者は後を絶たなかった。ルールのないこの大会で勝ち残った者は、莫大な賞金とともに大会の主催者である黄(ホァン)財閥の頭首と戦う権利が獲得できるのであった。最強と呼ばれる彼に勝てば、格闘家としての栄誉を手に入れることができる。だが、公開されることのないこの最終戦に赴いた格闘家は、誰一人戻ってはこなかった。いつの頃から存在するのかは、誰も知らないが、そこには貪欲なる意志のみが渦巻いていた。太古より存在するその思念体は、現在の香港である男の肉体を手に入れた。そしてその闇なる力の増幅に欠かせない供食のシステムを、確立したのである。それこそが、世界から多くの参加者が集まるまでになった武術大会「FIST」である。そしてまた今年も、生け贄が選抜されようとしていた。

登場キャラクター
神威 翔 (かむい しょう)
強さを追求する日本人の若者。主人公。空手を使う。
「拳は弱きを助(す)く」を信条としており、曲がったことが嫌いという性格の持ち主。最強と呼ばれる格闘家の噂を聞けば、どこにでも赴く。
武術大会「FIST」で決勝まで残ったものは、二度と生きて戻って来られないことを知っての承知で、最強と呼ばれ悪名も高い大会主催者を倒すことを決心する。また、刀龍(タオロン)も出場すると知り、これもまた、出場する理由の一つとなっている。
その刀龍とは、過去に闘ったこともあり、そのときに受けた頬の傷が無念の記憶となっている。それ以来、彼は刀龍を生涯のライバルと見なしている。そして、刀龍と再戦することを誓い、更なる修行に励んでいた。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「沢村 陣 (さわむら じん)」となる。
李 刀龍 (リー・タオロン)
翔のライバル的存在。翔より年上。功夫(クンフー)空拳という格闘スタイルで闘う韓国人の若者。龍を神の使いとして崇拝しており、使う技からもその傾倒が窺うことができる。
父親の記憶があまり無く、拳法の鍛錬をする父親の影だけが、唯一の父親の記憶である。他界した母親から、父親が殺害されたことと、その殺害の首謀者が、武術大会「FIST」の主催者、黄(ホァン)財閥頭首だと聞かされる。そして、翔との闘いや武者修行で自らの功夫に自信を深めた彼は、父の無念を晴らすべく、大会に出場する。
翔とは修行中に訪れた日本で出会った。彼は翔のことを良き友、良きライバルと認めている一方、弟のようにも感じている。
このキャラは、必殺技が少ない上に、必殺技、超必殺技全てが溜め技である。そうなっている代わりと思われるが、通常技のジャンプ強攻撃が少し強力になっている。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「王 劉凱 (ワン・リュウクァイ)」となる。
ピエール・モンタリオ
フェンシング使いのナルシスト。ゲーム上ではオカマ口調が目立つ上に“エセ貴族”という設定のイタリア人で30代。闘うときは、「マスク・オブ・ゾロ」的なマスクで顔を隠している。帯電体質なのか、それとも、使っている武器で起こすことが出来るのか、雷系の技が多く見られる。
自分の美と名誉のため、そして、造園業者に支払うための金を手に入れるために、武術大会「FIST」に出場する。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「ジョルジュ」となる。
その設定や特徴的すぎるボイスのせいか、当時ゲーム雑誌やファンの間で妙に人気があった。
シーク・マハール
剣術闘法という格闘スタイルを使う、アラブの勇敢な戦士。超必殺技の中には、ディズニー映画「アラジン」に登場する某キャラっぽいゴツイ感じの聖霊を召喚させることが出来る技が存在する。
前に、戦友とともに武術大会「FIST」に出場していた。その戦友は彼をわずかの差で負かして、決勝に進んだ。しかし、決勝に進んだ戦友は二度と戻ってこなかった。失意のあまり自堕落な生活へと身をやつす彼は、やがて大会での戦友の死を知ることなる。
それから半年後のある夜、彼はとある商店街の露店に置かれいた三日月型の刀を見て目を疑った。その刀は紛れもなく、1年前に戦友が決勝で持参した物だった。“あのとき友に何が!?”今大会で彼は戦友の敵を討つべく、再び出場することを決意した。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「ジャバァ」となる。
コンドル・ヘッズ
とある場所に住む狩人の大男。一応、アメリカ出身。プロレスを格闘スタイルとする。マニトゥという聖霊の存在を信じており、そのあるがままを聞き、受け入れる。
ある日、彼はライオンに化身したと思われるマニトゥに「この地上のあらゆる国で猛威を振るった邪悪なる意志を持つものを封印するときがきた。今から汝の行くところに、邪悪なる意志を持つものがいるだろう。」と告げられる。その言葉を聞き、受け入れた彼は、翌朝旅立つ。そして、邪悪なものがいると思われる武術大会「FIST」に参加することとなる。
このキャラは、投げキャラだが、乱舞系の超必殺技も使える。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「レッドギガース」となる。
アルシオン?世
古代エジプト時代のとある小国の王子。ファラオ体術という格闘スタイルで闘う。父である王が息子である?世に王位を譲ろうとしたその前夜、王を殺して新王となり、邪悪なる意志を持つものによってとり憑かれたと思われる臣下の一人により、前王の亡骸とともに小さな墓所に封印されてしまっていた。
そして長き封印から目覚めた時、ある邪悪な波動に気づく。その邪悪な波動が、邪悪なる意志を持つものと全く同じだと感じた彼は、その波動の持ち主と思われるものが開催する武術大会「FIST」に参加する。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「アトゥーム」となる。
ライラ・エスタンシア
女傑族という一族の者。格闘スタイルは我流。ジャングルの狩人で猿のように木を登り、豹よりも早く地を駆ける。全身まさに筋肉の塊の様な身体つきである。一応、ブラジル出身。ある日、森の様子がいつもと違うことに気づいた彼女は、女傑族の村の長から「平和を乱す大きな影が東にいる。」と聞かされ、長に言われるがままではあるが東の地を目指す。多難の上にたどり着いたその地では、今まさに武術大会「FIST」の初幕が切って落とされようとしていた。そして彼女も、手探りのような感じでこの大会に参加することとなる。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「ヴァーゴ・サンドラ」となる。
このキャラのストーリー内容は、『サムライスピリッツ』シリーズのキャラ、ナコルルのストーリー内容と微妙に似ている。
必殺技、超必殺技は、全て溜め技である。
ティア・ラングレー(声:荒川美奈子)
キックボクシングを使う若い女性(少女?)。製作者が狙ってみたのか、レオタード姿がよく目立つ。おまけに、オープニングでも、主役的立場の翔や刀龍より目立っている。幼い頃に両親を亡くしており、それ以来、若くして無敗のチャンプの兄と生活していた。兄と鍛錬を積んでいた彼女は、いつしか彼と同じ格闘スタイルを持つようになる。
ある日の兄の試合、彼女はなんとなく不安なものを感じていた。そして、それが的中したかのように直前まで話していた兄が時間になっても現れなかった。結局、試合前から不気味だった挑戦者の不戦勝で終わるが、その挑戦者が彼女に近づき「クックックッ・・・。お前の兄貴も黄(ホァン)様にたてつきさえしなければな・・・。」と囁く。「黄」・・・その名前を聞いた彼女は、兄が黄財閥主催の武術大会「FIST」に出場すると聞いていたことを思い出す。失踪した兄の手掛かりを求め、大会出場を決意する。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「シェリー・ターラー」となる。
キックボクサーなのに、らしくない動作も存在する。なぜならこのキャラには、某有名格闘ゲームの影響が強く受けたと思われる技やポーズが設定されているからである。
黄 白虎 (ホァン・パイフー) [ボス]
格闘スタイルは不明。邪悪なる意志を持つものが、現在において得た肉体が彼である。この肉体は、かつて刀龍の父親の物であった。そのものにとって、財閥の党首という地位を持ち、かつ優れた格闘家であるその肉体は、目的を達成するのに好都合だった。
彼、その邪悪なる意志を持つものは、ある時は街を、またある時は国を滅ぼしてきた。そして、敗者の気を喰らうことで闇の力を大きくしていたが、現在において、そういった行動は目立ちすぎると思った彼は、さらに良質な気の持ち主を選択するため、そして密かにその主を抹殺するために、全世界に武術大会「FIST」を告知するのであった。
このキャラは、プレイヤーセレクト中に隠しコマンドを入力することによって使用することが可能だが、同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は何なのかは不明である。キャラ性能は、他のどのキャラよりも高い。
必殺技、超必殺技は、ほぼ全てが2つあるいは3つのボタンの同時押しである。
飛影 才蔵 (とびかげの さいぞう)
『リベンジ』から登場する新キャラ。忍術を主体とした格闘スタイルで闘う。生まれたときから忍びの中で育ち、彼の一族は闇の世界で最強を誇っていた。彼はその中でも最高の忍びであった。
ある晩、彼は密令で里を離れていたが、役目を追え里に戻ると、血と無数の屍(しかばね)によって埋め尽くされた里の姿を目にする。足元には「白虎(パイフー)」の血文字。そして彼は、一族の無念を胸に闇へと消えていった。それから月日が流れ、一族の無念を晴らすために、武術大会「FIST」に参加する。
同キャラ対戦時のCPUキャラの名前は「雪影」となる。
「ヒットさせると」確実に反撃を受けるほどスキが大きい超必殺技がある変わったキャラ。当ててしまったが最後、それでKOしない限り反撃でそれ以上のダメージを受けてしまう。しかし、必殺技の飛び道具が強いので、十分に戦える。

同キャラ対戦時のCPU側のキャラについて
前述で“同キャラ対戦時は、CPU側の名前が変わる”と述べたが、そんなキャラたちにもちゃんとした設定が、一応付加されている。 また、一部キャラの紹介に出てくる「宝玉」とは、同社のゲーム『天麟の書死嘩護』の名残であるらしい。

沢村 陣 (さわむら じん)
翔でプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。某ゲームメーカー勤務。翔や刀龍(タオロン)より年上。バンドグループ「TUBE」の大ファンである。
また、空手を習っており、道場で修行している。
王 劉凱 (ワン・リュウクァイ)
刀龍でプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。刀龍とは全くの無関係だが、恋人にフラれたことを逆恨みしている。
声優を目指している。
ジョルジュ
ピエールでプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。フランス人。過去にイタリア旅行で置き引きに遭っており、その時以降、イタリア人を毛嫌いしている。
ジャバァ
マハールでプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。陽気な肉屋のおっさんである。彼の刀は、肉屋での商売道具である。
レッドギガース
コンドルでプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。遠い祖先は、コンドルの民族と同一の民族であった。つまり、コンドルとは遠い親戚に当たる。
「大地の宝玉」という物を所有している。
アトゥーム
アルシオン?世でプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。古代文明マニアで、闘うときは自らミイラの扮装をする。
そしてその状態で、ファラオ体術を実践したところ、できるようになる。それもそのはずで、実は、アルシオンの血を引く?世の子孫であった。
シェリー・ターラー
ティアでプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。過去にティアの兄、スターリンとも闘ったこともある女性キックボクサー。現地では有名である。
「水の宝玉」という物を所有している。
ヴァーゴ・サンドラ
ライラでプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。天涯孤独の身を「森の部族」に引き取られ、大蛇に育てられた女性。
「緑の宝玉」という物を所有している。
“サンドラ”という言葉は、ライラが住む村の名前でもあったりする。
雪影
才蔵でプレイしたときの同キャラ対戦時のCPUキャラ。もちろん『リベンジ』で登場する。
忍者なのか、はたまた、ただの忍者マニアなのか、その詳細は一切不明である。

2009年01月22日

メディア・リテラシー(英: media literacy)

メディア・リテラシー(英: media literacy)とは、情報メディアを主体的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。ただし「情報を処理する能力」や「情報を発信する能力」をメディア・リテラシーと呼んでいる場合もある。なお、この項では主に、「情報を評価・識別する能力」という意味のメディア・リテラシーについて記述する。

メディア・リテラシーで取り扱われるメディアには、公的機関やマスメディア(新聞、テレビ、ラジオ等)を始め、映画、音楽、書籍や雑誌等の出版物、インターネット、広告等、様々なものがあり、口コミ(口頭やブログ等)や各種の芸術等も含まれる事がある。

情報を受け取る側である受信者は、発信された情報には程度の差こそあれ、何かしらの偏りがある事を理解する必要がある。一方に偏った情報をそのまま鵜呑みにしていたのでは、その物事に関する正しい知識を身に付ける事が難しくなる。また、今日の社会では情報への依存度が非常に大きい。それ故、場合によっては偏った、あるいは間違った情報をそのまま信じてしまった為に、様々な局面で何かしらの不利益を被ってしまう可能性も十分予想される。

その為、受信者の側に立つ人間には、発信された情報を受け取る際、「その情報は信頼できるかどうか」を判断する事はもちろんの事、

その情報にはどのような偏りがあるか
さらに一歩進めて、その情報を発信した側にはどのような意図・目的があるか
(つまり、なぜ、わざわざ、そのような情報を流したのか? なぜ、わざわざ、そのように編集したのか?を考えること。)

等を始め、各種の背景を読み取り、情報の取捨選択を行う能力が求められる。そしてこれが、先の「情報を評価・識別する能力」となる。

現実には、メディアが発する情報はすべて正しいとは限らず、何らかの事情や意図によって、嘘や誇張、間違った情報などが含まれていることがしばしば見られる(大掛かりな例では大本営発表、イラク戦争でのアメリカ政府発表などがある)。メディア利用者はそのことを常に理解する必要がある。そのためにはメディア情報の話者、目的、内容、背景等を的確に読み取る必要がある。また、それらを理解すれば、情報を正しく利用することが可能になる。

発信者のメディア・リテラシー
一つの物事について様々な捉え方がある事、また自分なりの捉え方に基づき情報を発信出来るという事自体は、思想・表現の自由上、望ましい事である。しかし、マスメディアは、発信する情報に私見を加える事を極力避け、偏った内容にならないように最大限、心がける必要がある。 これは極めて多数の人間がマスメディアを利用しており、それだけ社会に及ぼす影響力が大きいからである(当然、公的機関にも同じ事が言える)。逆に言えば、マスメディアが虚偽報道をしたり、ある意図(例えば特定の人物、勢力を有利、あるいは不利な状況に導く等)に基づいた報道を行えば、その影響も大変強いものとなる事を意味する。その為、マスメディアには信頼性・中立性が求められる。マスメディアがしばしば「第四の権力」と呼ばれる理由も、ここにある。

受信者の制約と情報保障
このページのノートに、このページに関する提案があります。
提案の要約:当記事では要約で済ませて情報保障に転記してはどうか

受け手には様々な制約がある場合もある。例えば文字と言うメディアのみに頼るとすれば文字を認識できないレベルの視覚障害者や重度のディスレクシアであれば文字から情報を得る事は難しい。文字を認識できるとしても文字を読める識字能力と読んだ情報を纏め理解するリテラシーが必要でありその上知的・文化的な好奇心、親近感がないと記憶されにくい、その時々の身体状態にも左右されやすくうつ病を発症した人は本を読む集中力と好奇心がわかない事がある、個人・地域・国・宗教・思想による受け止め方の差異もある。記憶し整理するときに短期記憶障害が影響する事もある。また一般的に言えば意味のある会話や歌詞のある音楽、絶対音感の持ち主であれば音階を意識してしまう音を聞いていると同時に文字を認識する事は難しくなる。

テレビ放送においては地域ごとのテレビ局の系列局の数やローカル番組枠の違いもあり区域外再送信にかかる問題による視聴困難、衛星放送、ケーブルテレビ等の契約状態、番組編制や番組内容に関する情報を手に入れられるかどうかによる差異がある。また規格上地上デジタルテレビジョン放送への切り替えによって対応チューナーを持たない人や新たに難視聴地域に入った人、今まで目で聴くテレビを使っていた人々はそのままではテレビを視聴できず見続けるためには新たな負担が発生する。

この様に、情報の受け手について知らないと情報が上手く伝わらない、情報が全く届かないと言った事態も発生する。情報に対する使いやすさと言ったユーザビリティだけでなく、情報を支障なく利用できるかどうかと言うアクセシビリティを保証するのが情報保障である。

近年の動向
現代では各種メディアが大きく発達したのに合わせ、以前よりも情報の必要性・重要性が増しており、同じく情報のもたらす影響も以前より遥かに大きくなっていると言える。また、情報をテレビのみに依存しがちになる事が増えている他、インターネットの普及により、未成年の段階から大量の情報に触れる機会も多くなっている。その為、早い段階からのリテラシー教育の必要性が指摘されている。

要因別に見た情報の偏りの例
このページのノートに、このページに関する提案があります。
提案の要約:当記事では要約で済ませてメディア・バイアスに転記してはどうか

以下に、情報の偏りが生じる要因を挙げ、それぞれについて、各種メディアにおける具体例を挙げる。
ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル

物理的な制約
情報を伝えようとする場合、どのような性質をもつメディアを使うかによって伝え方や表現の仕方、伝えられる情報に差が生じる。各メディアにはそれぞれ長所と短所が存在する。またその情報容量や時間の制限、編集規定等により情報の取材や編集の過程にも影響を与える。何か一つの物事(物、人物、集団、出来事等)に関する情報を伝える際、その物事の「全て」を伝える事は物理的に不可能であり、この点は情報を伝える媒体を問わない。このような物理的な理由から、情報を伝える際には、その情報を発信する表現者(情報を伝える個人あるいは組織)は情報の取捨選択をしなければならない。つまり情報を伝えるには、表現者が必ず何かしらの編集を行わざるを得ず、そうして伝えられる情報は必ず「実際の物事の姿」とは異なるものとならざるを得ない。

2009年01月15日

四大諸侯の一人

姜子牙(きょう しが) / 姜尚(きょう しょう)(通称は太公望(たいこう ぼう))
本作品の主人公。元始天尊の弟子。師の命令で下山し、周を助けて商を討ち、三百六十五人の神を封じる。
姫昌(き しょう) / 文王(ぶんおう)
四大諸侯の一人で、西伯侯。占いの名人で、後に周の文王となり、姜子牙を迎え入れる。
散宜生(さん ぎせい)
周の文官。
武王(ぶおう) / 姫発(き はつ)
姫昌の次子。父の後を継いで周の武王を名乗り、商を討つ。
姫伯邑考(き はくゆうこう)
姫昌の長子。幽閉された父を救うために朝歌を訪れるが、妲己の策略により刑死する。
周公旦(しゅうこう たん) / 姫旦(き たん)
姫昌の第四子。
雷震子(らいしんし)
姫昌の養子で、第百子にあたる。雲中子の弟子。杏を食べたことにより鷲のような大翼を得て、周を援けた。
武吉(ぶ きつ / ぶ きち〔安能版〕)
木こり。殺人の罪で処刑されようとしたところを姜子牙に救われ、彼の弟子になる。
竜鬚虎(りゅうしゅこ)
妖怪。申公豹に騙されて姜子牙の肉を食おうとしたが、杏黄旗によって収められ、姜子牙の弟子となる。大石をイナゴの大群のように飛ばすことができる。

商(殷)
紂王(ちゅう おう)
商の天子。女媧宮を詣でた際、女媧の像を見て淫らな思いを起こし詩を書き残したため、女媧の怒りを買ってしまった。名君であったが、妲己を娶ってから酒色に溺れ暴政を行うようになる。
蘇妲己(そ だっき) / 千年狐狸精(せんねんこりせい)
紂王の妃。その正体は冀州侯蘇護の娘の姿に化けた千年狐狸精で、女媧の命を受けて商王朝の命数を縮めるために残虐な行為を繰り返す。
封神演義の原文には『蘇妲己』と表記されているが、春秋以前の時代の婦女子は姓より先に名前が来るのが通常であり、『史記』殷本紀の注にも「妲は字にして姓は己であり」と記されている。そのため、姓を蘇とし名を妲己とする封神演義の表記は本来は誤りである。
聞仲(ぶん ちゅう / もん ちゅう〔安能版〕)
商の太師。商軍を率いて西岐を攻める。師である金霊聖母から『絶』の字を避けるように言われていたが、敗走中に絶竜嶺にたどり着いてしまい、そこで雲中子と燃灯道人と戦って命を落とした。額に第三の瞳を持つ。
商容(しょう よう)
商の宰相。官職を辞して一時は朝歌を離れるが、後に逃亡中の殷郊が自宅を訪れたため、再び都に戻って紂王を諌めた。紂王に処刑を命じられたが、自ら石柱に頭をぶつけて自害する。
比干(ひ かん)
商の亜相。紂王の叔父。妲己の持病の治療のために紂王から『玲瓏心』を求められ、心臓を抜き取られて死亡した。
費仲(ひ ちゅう)
中諫大夫。奸臣。蘇護が賄賂を送らなかったため、彼の娘の妲己が絶世の美女であることを紂王に教え、娶るように勧めた。また妲己の密命を受け、姜皇后に紂王暗殺の濡れ衣を着せる計略を企てた。後に、文官であるにも関わらず魯雄率いる西伐軍に加わるよう聞仲から命じられ、西岐の地で命を落とした。
尤渾(ゆう こん)
ミング カメリア ハード ナーナ バスロフ バイザー シースルー ピンポン アール キンメイ おもいで モスク バゲージ きらめき ワシン ステージ ドンキ バージョ トンガ スノイズ 春が来た ガスマ オープン チルド シクラメ オーバ ケール バタリアン オカル イシュー トップ スタイ スロバキア ミドルエ ミニマム マキドイ フェイ 王様の楽園 ミラー フーズフー 時の風 リーバイ ゴユリ レイキャ ブラン フリップ ショット ホイール ガーデ アルフ

奸臣。費仲同様、魯雄率いる西伐軍に加わるよう命じられ、西岐の地で命を落とした。
箕子(き し)
商の文官。紂王の叔父。王を諫めるも、投獄されて断髪される。
微子啓(びし けい)
商の文官。紂王の異母兄。王を諫めるも、挫折し、弟と共に商の祖廟を守って離反。
微子衍(びし えん)
商の文官。紂王の異母兄。王を諫めるも、挫折し、兄と共に商の祖廟を守って離反。
杜元銑(と げんせん)
商の司天台。雲中子の剣の献上の件で、宮殿を取り巻く妖気の原因が妲己であると気づく。王を諌めるも、処刑された。
梅伯(ばい はく)
商の上大夫。杜元銑の処刑が決定した際に王を諫めるも、炮烙にて処刑された。
姜妃(きょう ひ)
紂王の皇后。妲己の策略により紂王暗殺の濡れ衣を着せられ、両指を焼かれ片目を抜かれるといった拷問を受けた後、死を遂げる。
殷郊(いん こう)
商の太子で紂王と姜妃の間にできた長男。処刑される直前に風にさらわれ、広成子の弟子になる。後に三面六臂の姿となり、周を援けるために下山するが、申公豹に唆されて商軍に加わった。下山前に立てた「もし過てば、鋤で頭を落とされても構わない」という誓い通りの方法で処刑される。
殷洪(いん こう)
紂王と姜妃の間にできた次男。処刑される直前に風にさらわれ、赤精子の弟子になる。周を援けるために下山するが、申公豹に唆されて商軍に加わった。下山前に立てた「もし過てば、四肢を灰にされても構わない」という誓い通りの方法で処刑される。
武庚(ぶ こう)
商の王子。紂王の子。朝歌が落城した際に周兵によって捕らえられる。諸侯と姜子牙は武庚を処刑するよう武王に勧めたが、武王は成湯の血が絶えるのを避けるため彼を殺さず一領地を与えた。
安能版では妲己の侍女・鯀捐の子ということになっていたが、これは原作には存在しない設定である。